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ウィキペディアの記事は、信頼できる公刊された情報源を使うべきです。このページでは、それらをどのようにして識別するのかについてのガイドラインを提供します。情報源を使う必要性について議論している2つの方針ページは、Wikipedia:独自研究は載せない とWikipedia:検証可能性です。 もしあなたがウィキペディアに有用な情報を提供できるならぜひそうしていただきたいのですが、信頼できる参照先が提供されていない編集は編集者の誰かに除去されることがあることを心にとめておいてください。参照先を探し出して追加する責任は記事に素材を加える人にあり、情報源は可能な限り提供されるべきです。 以下に、ウィキペディアでの最良の実施例を説明します。多くの記事は、編集者たちが時間と 手間をかけて事実を確認して参照先に目を通して初めてこの基準を満たすでしょう。(情報源が信頼できるか確認するをご覧ください)。それまでの間も、情報源のない編集や不適切な情報源に基づく編集にはいつでも異議を申し立てられたり除去されたりすることがあると留意のうえで、あなたの投稿は読者の役にたつことができます。ときには、情報源のない情報があるよりも、まったく何の情報もない方が良い場合もあります[1]。 事実誤認が報道に紛れ込む経路はさまざまです。多くの記事は論争上のさまざまな立場を記述するものである、ということを心にとめておいてください。このことが意味するのは、人々の意見について信頼できる公表された報道を探すことになるということです。
用語の定義以降で用いる次の用語に気をつけてください。 事実事実は、実際の事柄の状態です。ある文や命題についてそれは真であると述べることは、事実を参照していると述べることです。百科事典の場合では事実とは、その主題についての学者や専門家の共通認識によって同意された記述のことです。(新しい証拠が現れてその記述はもはや事実ではなくなることがあるかもしれません。そのときは、百科事典を修正すべきです) 事実や、意見についての事実は主張してください。しかし、意見そのものを主張しないでください。ある調査により結果が公刊されたということは事実です。火星と呼ばれる天体が存在する、ということは事実です。プラトンは哲学者であった、ということも事実です。これらのうちいずれかに真剣に異議を唱える人はいませんから、私たちはそれらを自由に主張できます。 意見意見とは、誰かが抱いている見解であり、その内容は検証できる場合もできない場合もあります。しかし、ある人やグループがある意見を表明したということは事実であり(つまり、その人がその意見を表明したのは真である)、そのことが検証可能である(つまり、そうした人や団体が意見を表明したことを示す適切な情報源を参照できる)ならば、そのことはウィキペディアに含めることができます。 情報源
事実を報告するとき、ウィキペディアでは出典を明記する必要があります[2]。ウィキペディアは三次情報源です。ウィキペディア自身の記事を出典として引用することは、自己参照となるため、できません。『ブリタニカ百科事典』のように、信頼できる三次情報源の宝庫もあります。『ブリタニカ百科事典』、『ワールド・ブック』、『エンカルタ』の記事でも、著者の記名がないものは編集部員が書いたものであり、彼らは専門家とは限らないため注意してください。そのような記事は専門家の手によるものと同等の信憑性を期待することはできませんが、ウィキペディアの目的には信頼できる情報源とみなされます。現存する百科事典よりも優れた記事を書こうという大望をウィキペディアンたちが抱いたとき[3]、そのような三次情報源の内容に頼るようでは目標の達成には充分ではありません。それゆえ一般的に、「一次情報源」は注意して取り扱い(上記参照)、「二次情報源」がウィキペディアの記事の参照先として依存する素材庫になります。 ある個人または団体がある意見を持っていることを記述する場合の最良の示し方は、直接そうした意見を引用し、引用した文の一番最後にハーバード方式または脚注・リンクの埋め込みを使って引用元を示すことです。詳しくはWikipedia:出典を明記するをご覧ください。誰かが意見を述べていることを直接示す文書・画像・映像がある場合、それをフェアユースのもとで許された形で訳注 日本語版では要検討掲載したり抜粋したりできます。 出所の不確かな素材ウィキペディアンはしばしばどこかで聞いたり読んだりして憶えたことを事実として報告していますが、しかし彼らはそれがどこだったかは憶えておらず、裏付けとなる証拠はありません。こうした種類の報告を検証するために信頼できる情報源を探すのは重要なことであり、検証できなかった場合、どの編集者でも除去したり異議を申し立てたりできます。 ほかの編集者に対して情報源を作成するように求めるのは常に適切です。証拠を提出する義務は疑問の元となる編集を行った人にあり、情報源が提示されていない物は誰でも取り除くことができます。しかし、情報源を探す機会を与えずに本文の記述を除去すると、抗議する編集者もいます。特に、本文の記述が不適切または、不条理、有害なことが明らかではなかった場合です。そうした記述はすぐに除去するのではなく、ノートページに転記するか、{{要出典}} テンプレートを問題となっている単語や文のあとに付けるか、ページの先頭に{{未検証}} や{{出典の明記}} を追加することで記事をタグ付けすることが推奨されます。方針を示したWikipedia:検証可能性、Wikipedia:独自研究は載せないや、Wikipedia:言葉を濁さないをご覧ください。 しかし、あなたが真実であり常識であると信じていている記述を、情報源がないという理由だけで除去しないでください。例えば、記述者が惑星の軌道は楕円になるという裏付けをしていないという理由だけで、「地球の楕円軌道」への言及を除去しないでください。 あなたが本当に記述が信じられないならば、その記述を除去して、ノートページで情報源を要求してください。あなたが常識ではないと本当に考えているならば、情報源を要求するようにタグ付けするか、ノートページで問い合わせてください。そして特に、人物、特に存命中の人物に関する「常識」の主張には懐疑的に接してください。噂は、常識ではありません。 存命中の人物の伝記存命中の人物の項目中で、その人物に関する批判、否定、あるいは有害と解釈できる情報が掲載された場合にはすぐに取り除くべきであり、ノートページに移動してもいけません。他の記事の、存命の人物に関する記述を含んだ節についても同じです。実在の人物が巻き込まれ、あなたのことばで傷つく可能性があります。私達は雑誌の記述活動をしているのではありません。私達は百科事典を作っているのです[4]。 Wikipedia:存命人物の伝記やWikipedia:名誉毀損 、Template:WPBiography (引数living=yesにしてください), Template:Blpをご覧ください。 偽の権威に注意権威の詐称に注意してください。高い学位は、その学位の専門分野において権威を与えます。脚注が多数あるウェブサイトは全く信頼できないかもしれません。まず自問すべきなのは「ウェブサイトに責任を持つ人々の資格証明や専門知識はどのようなものか」ということです。ウェブ上には誰でも好きなことを投稿できます。 彼らが議論している分野において、修士以上の学位、もしくは実証可能な形で公表された専門知識を有する人によるものを情報源に使ってください。より信頼できるのは、学術団体が関与しているものです。もっとも信頼できるのは、その分野の書き下ろし教科書です。こうした教科書の著者には、その科目について幅広く権威のある知識を持っていることが期待されるからです。一般的に、大学で使われる教科書は頻繁に改訂が行われ、権威を保ち続けようと努めます。しかし、高校や中学校の教科書は権威を保とうとするよりは、政治的な認可に従っています。 特別な主張には特別な証拠が求められる注意信号がでたら、編集者は寄せられた主張を念入りかつ懐疑的に調べるべきです。
情報源の評価編集者は複数の情報源を評価し、もっとも信頼できて権威があるのはどれかを決めなければなりません。学術的な主題についてはどんな分野でも、その分野の学術雑誌に見られるような査読と評価についての確立された制度を持っています。例えば歴史では、アメリカン・ヒストリカル・レビュー (American Historical Review) 誌は毎年約 1,000 冊の書籍を査読しています。アメリカ歴史学会の史学文献に関する指針(1995年)では、歴史の全分野に関する27,000 冊の書籍と記事についての評価をまとめています。権威ある情報源を見つけるために、編集者はこのような公表物を探し出して利用すべきです。権威ある情報源の間での不一致は記事中で示されるべきです。 詳細は、Wikipedia:独自研究は載せないおよびWikipedia:検証可能性をご覧ください。 複数の情報源を確認する同意または非同意の先入観は常に自明ではないので、1つだけの情報源では不十分です。違うのを探して照合してください。複数の独立した情報源が合意していて、どちらも先入観の入っていることを示す強い理由がないか、先入観が違う方向を指していれば、信頼できる根拠があるといえます。 しかしながら、わたしたちは、当然編集者はもっとも権威のある情報源を探すべきだとしても、「信頼できる」出版社が出版したものを報告するだけだということを心にとめておいてください。ウィキペディアの方針独自研究は載せないと合致させるため、わたしたちは自身の意見を追加することはできません。 注意すべき論点
独立した二次情報源とは?独立した二次情報源
たとえ同じ一次情報源があったとしても、分析者が異なれば、報告される事実についての結論は異なることになるかもしれません。実際には多くの二次情報源では、それぞれの調査方法によってさまざまな一次情報源を使っています。同意の先入観、不同意の先入観、誤りは、常に自明ではありません。こうしたものを明らかにする一番の方法は、ほかの二次情報源と照合することです。 オンラインや自己公表された情報源を使うこと信頼性を評価するオンラインの情報源は、印刷物やほかの伝統的な情報源と同じように信頼性を評価してください。オンラインであれ印刷物であれ、出版したメディアの権威により自動的に信頼性に足りると前提づけることができません。すべての報告は、作成した過程や人々に関する検証が必要です。 信頼性はスペクトルのように幅があり、それぞれの背景を考慮する必要があります。一般的には査読された公表物はもっとも信頼できると考えられ、権威づけられた専門家による公表物がそれに次ぎます。政府の公表物は信頼できることも多くあります。しかし、政府の信頼性のレベルには大きな幅があり、しばしば、あからさまに情報の隠蔽を許容したり、全くのごまかしを発表したりする様な事を行って、自らの権益を保持することがあります。この下には、確実ではないのですが、場合によっては信頼できる情報の提供元となります。たとえば、ウェブサイトやブログで、とくに信頼できる情報源と結びついている場合です。あるいは、大学の学科のブログは単なる個人用ブログではなく、学科の総体としての情報源とみなすべきです。
ウィキペディアそれ自身が現在のところこうした信頼性のガイドラインに適合していないことに注意してください。しかしながら、このガイドラインにあることはどれも関連したガイドラインWikipedia:記事どうしをつなぐに矛盾する意図ではありません。自由にwikilinkしてください。 掲示板、Wikiで構築されたサイト、Usenetへの投稿掲示板やニュースグループ、Wikiで構築されたサイトへの投稿、あるいはブログ上の記述は、一次情報源としても二次情報源としても使用されてはなりません。このことにはいくつかの理由があります。まず、私達にはそれらの記述や投稿を誰が書いたり投稿したりしたのかを知る術がありません。また、それらには編集者による監視や第三者による事実確認が欠けています。加えて、Wikiで構築されたサイトの記事は刻一刻と変化していることがあり得ます。例外については自己公表された情報源をご覧ください。 自己公表された情報源自己公表された情報源とは、いかなる形式の独立した事実の確認を受けてはいないか、著者と公表作業との間に誰も立ち会っていないような公表物を指します。この中には、個人のウェブサイトや自費出版業者からの出版された本が含まれます。誰でも、ウェブサイトを作ったり本が出版されるように金を支払い、そしてある分野の専門家であると主張できます。こうした理由から、自己公表された本や個人のウェブサイト、ブログの大部分は情報源として受け入れられません。 自身の専門分野内について記述している著名な専門研究者や、自己公表物を制作している著名な職業ジャーナリストの場合は、この例外になるかもしれません。いくつかの事例では、こうした人々の作品が以前に信用できる第三者的立場の出版社から公表されていて、偽名や仮名ではなく自身の名前で公表しているかぎり、情報源としての受け入れられるかもしれません。 しかし、編集者は次の2点に用心すべきです。ひとつは、その著名な専門研究者のブログ(あるいは自己公表相当物)は本当に報告する価値があるのか、ほかの人だったらそうしただろうか、という点です。ふたつめは、その情報は自己公表されており、独立した事実の確認を受けていない、という点です。 一般的に自己公表された情報源については、ほかの情報源が評価したりコメントしたりするまで待つのが望ましいです。 匿名の個人による報告や信頼性を評価するための公表に至る履歴がない報告は、評判を得たことが明らかになるまではまったく引用に値しません。評判を得たことが明らかになった場合は、1つのPOVとして記すことができます。 対象記事内での自己公表された情報源自己公表された情報源を元にした素材は、オンラインで公表されたものでも本でもパンフレットでも、それら自身の記事の中で、それら自身の情報源として利用できます。このことは、誰が書いたのかについて合理的な疑いがなく、素材が次のどれか一つにあてはまる場合に限られます。
また、次のようにあるべきです。
自己公表された素材は常に、その素材について独立した裏付けがあるまで、公表した人のPOVであり、一般的事実ではないものとして報告されるべきです。自己公表した人の世評は、その素材が特筆に値する水準に達しているかどうかの指針となります。 一般的に、自己公表された情報源が信頼できるものならば、ほかの信頼できる情報源が引用するので、それまで、自己公表された情報源は敬遠すべきです。 自己公表された情報源:二次情報源としての使用個人のウェブサイトやブログ、そのほかの自己公表物あるいは自費出版物は、二次情報源として使用できません。 このことは、ウェブサイトの持ち主や本の著者以外の人物や話題に関する情報源として自己公表された情報源を使用してはならないということです。個人のウェブサイトが二次情報源として使えず、一次情報源としては細心の注意をしているときだけ使えしかも主題が論争中の場合には単独では使えない理由は、こうしたものは通常、誰もその仕事を評価していない未知の個人によって作成されたものだからです。こうした人たちは無知だったり、勘違いしていたり、底意を押しつけたり、いいかげんだったり、噂や疑惑を信じていたりして、狂気じみてさえいるかもしれません。または、知識を世界と共有しようとしている理知的で注意深い人々かもしれません。こうした違いを区別できるのは、同じPOVを抱いていないほかの情報源に拠る独立した検証がある場合だけです。 他人の個人ウェブサイトを訪問することは、街灯に貼られた出所の不確かなチラシを読むことのオンライン版であることもしばしばであり、それ相応に扱うべきです。 反体制勢力、宗教集団、過激派のウェブサイト政党や宗教団体のウェブサイトや出版物は、政治的主張や宗教的信条が含まれていなくても注意して扱うべきであり、情報源として使わない理由になります。 よく知られた過激派さらにはテロリスト集団は、それらが政治的、宗教的、人種的あるいはほかの特徴を持つもののどれであっても、けっしてウィキペディアの情報源として使われてはなりません。一次情報源、つまりそうした組織の意見を論ずる記事に含まれるというのは例外です。ただしそのような場合でも、非常に注意して使うべきであり、他の情報源で裏付けすべきです。 企業や組織のウェブサイト企業や組織のウェブサイトを情報源として使う際には注意すべきです。企業や組織は自らについてのよい情報源ではあるものの、明白な先入観が含まれます。アメリカ小型装置製造業組合訳注 要調査は小型装置の売り込みに関心があるものなので、中立的な観点を維持するためには、ほかの信頼できる情報源が利用できる場合にそれ訳注 企業や組織のウェブサイトを唯一信頼するということがないように注意してください。企業や組織が論争の的になっている場合は、そうしたウェブサイトを情報源として使うときに特に配慮を払ってください。 オンラインの情報源とオフラインの情報源フルテキストでオンラインの情報源は、オフラインの情報源と同等の質と信頼性を備えているならば、オフラインの情報源と同様に受け入れられます。オンラインの情報源は簡単にアクセスできるので、読者はオンライン情報源の方が望ましいと考えるかもしれません。 著作権が切れていたり、それに相当するライセンスで提供されている印刷された情報源を見つけたら、Wikisourceに追加し、(通常の学術的な引用に加えて)そこへのリンクを付けてください。著作権の消滅した多くの重要な書籍がすでにほかのプロジェクトによってオンラインに上げられています。 優れた情報源を見つけるには、いくらか手間がいるかもしれないもっと多くの著者がオンラインで出版したりより多くの素材がアップロードされるまで、もっとも信頼できて有益な情報源は依然として印刷された形態でだけ利用できます。もし優れた情報源をウェブ上で見つけられなかったら、地元の図書館や書店を試してください。有名な大学の図書館は通常、市立図書館よりも多くの蔵書をもっています。 事実の確認や参照先に目を通すことには、時間をくわれるかもしれません。地元の図書館や大学の図書館の本棚には、記事の中で引用された作品はないかもしれません。図書館間相互貸借を通じて本を求めることができることも多いですが、数週間かかることもあります。幸いにも現在では、こうした作業を簡単にする新しいツールがオンラインで利用できます。Google BooksやAmazon.comの“search inside!” 、the Internet Archive’s Million Book Project、ミシガン大学のMaking of Americaのようなサービスによって、何千もの本からフルテキスト検索できます。加えて、購買契約に基づいた多くの似たサービスを、公共・大学・出身校の図書館を通じて利用できるかもしれません。 ウィキペディアの事実や引用を確認するには、データベースは強力なツールです。これらは、インターネット検索するのと同じ方法で検索できます。引用符をつけた著者と引用符を付けた題名を入力します。本がすでにデータベースにあった場合は、検索エンジンで見つかることでしょう。ない場合、探していた本について論じている別の本を発見するかもしれません。分野について、思いつく限り多くの用語を入力してください。そうした用語を含むページの一覧が検索エンジンによって表示されるでしょう。確認中の事実を検証したり、ウィキペディアの記事では表されていない特徴的な観点を発見することも多いでしょう。 こうしたサービスの1つを使う場合は、「この本について」のようなリンクを選択することで見つかる情報を、確実にすべて集めるようにしてください。印刷出版物にするのと同じように、引用を正確に集めることができるようにすべきです。本にISBNがある場合、それを確実に含めるようにしてください。本にリンクするISBNを使うのは、そうしたサイトのいくつかは、所有している本から選択された素材だけをオンラインで表示するからです。 ヒント:Google Booksのようなサービスは、ひどいOCR化テキストの場合もしばしばあります。とくに発音区別記号の付いた名前や単語では、検索してもなにも出てこないこともしばしばあるというのが真実です。このことに関する方法は一般的なOCRの誤りを探すことです。 ウィキペディアの特別ページであるBook Sourcesによって、読者は引用した本のISBN番号をクリックし、さまざまな図書館のデータベースや小売店を検索することでそうした本を見つけることができるでしょう。引用例:
ISBN番号をクリックすると、ユーザーはamazon.comや公共図書館などで「本を見つける」ことができます。 英語以外の言語で書かれた情報源これは英語のウィキペディアなので、わたしたちの読者に便利なように、英語の情報源はできるだけ提供されるべきであり、外国語の情報源より常に優先して使われるべきです(同じ品質と信頼性だと仮定しています)。例えば、相当する記事が英語の新聞にないような場合以外は、外国語の新聞を情報源として使ってはいけません。しかし外国語の情報源は、検証可能性や、英語の情報源と同じ基準に従うという観点では受け入れられます。 翻訳は、ウィキペディアンが行った場合でも、専門家や出版物の翻訳家が行った場合でも、誤りがつきものだということを心にとめておいてください。理論的に読者は元の素材が、実際には何を語っているか、信用できる情報源によって公表されているか、そして正しく翻訳されているか、を検証する機会をもつべきです。 そのため、元の素材が英語以外の言語で書かれている場合は、
分野ごとのアドバイス歴史歴史についての調査は、独自または「一次」資料の収集物(図書館や文書館の任務)や、文書の精読、より大きな歴史上の論点からの解釈を伴います。検証可能であるには、研究は一次情報源に基づいていなければなりません。最近数十年で、多くの一次情報源(歴史上の人物による手紙や書類など)が製本された書物やオンラインで利用できるようになりました。例えば、1950年にはじまったプリンストンのジェファーソン文書プロジェクトは30巻を出版し、1801年2月まで至っています。ロンドンタイムズやニューヨークタイムズ、ほかの主な新聞紙の完全な一覧のようなもっと新しい一次情報はオンラインにあげられています。このなかには独占物で図書館を通じてアクセスする必要があるものと、19世紀に出版された雑誌“Making of America”のように一般に公開されたものがあります。 研究中の学者は、本やジャーナルの記事でその結果を公表します。こうした本は通常、大学出版会や、W.W.ノートンやグリーンウッド大学などといった大学出版会の基準を模した商業出版社から出版されます。一流の歴史書や雑誌記事は、使われている情報源についての詳細を表す脚注や書籍リストを含みます。多くの雑誌には新刊本の品質を評価する学者の批評が含まれており、通常は新しい考え方が要約されています。American History Reciew(歴史の全分野)やJournal of American History(アメリカ史)は、それぞれ100以上完全な長さのレビューを公表しています。有名な雑誌の多くは、特にJSTOR.orgなどで1885年の分までオンライン化されています。優れた本や記事は現在進行中の史学史論上の議論を詳しく説明しており、ほかの主な研究について読者に注意を促します。 多くの項目で、同じ文書や事実を使っていても異なる枠組みを使っているために異なる結論になる異なる解釈学派があります。使いやすいアクセスポイントには、次のものがあります。scholar.google.comやbooks.google.com、ABC-CLIOでの2つの概要サービス(図書館を通じて)、American: History and Life(アメリカとカナダを扱った雑誌記事や本のレビュー)、Historical Abstracts(それ以外の世界向け)。図書館を調べると、権威ある情報源についての紙のガイドを得ることができるでしょう。もっとも使用価値が高いのは、Mary Beth NortonとPamela Gerardi 2が刊行(1995年)した歴史文学についてのアメリカ歴史協会のガイドで、歴史の全分野について権威ある情報源の書籍リストを注釈しています。 歴史の情報については他にも多くの情報源がありますが、権威はさまざまです。最近の傾向は、歴史的な事項に特化した百科事典が急増していることです。学者に記事執筆を依頼した専門家によって編集されており、品質を維持するためにそれぞれの記事がレビューされています。これらは、ウィキペディアのための権威があると考えられます。ブリタニカ百科事典やエンカルタのような総合百科事典は、専門家によって執筆されて参照先を含む署名入りの記事もあります。しかし署名のない記事はフリーランスの人によりひとまとめに書かれたものであり、注意が必要です。 大学の教科書は、数年ごとに更新され、多くの専門家に評価されており、学問水準から離れないような努力が払われています。しかし、脚注がなかったり、史学史論上の議論がなかったりします。K-12水準の教科書は権威があるようには作られておらず、ウィキペディアの編集者は避けるべきです。どんな場所にもガイドブックがあり、その地域の要約された歴史が載っています。しかしその大多数は権威があるふりはしません。歴史上の多くの項目について、専門家が注意して調べた自伝や口伝があります。注意が必要なのは、人々が憶えておきたいと願っている物語で満たされており、元の文書に当たることなく回想しているのがふつうだからです。 一般的な公開物は、歴史を小説や映画、テレビ番組、さまざまな場所のツアーガイドから得ています。こうした情報源は噂やゴシップに満ちており、嘘だったり大げさだったりします。彼らは、著名な名前が英雄的な役割を演じるバラ色の歴史を表そうとしがちです。
自然科学、数学と医学査読された科学出版物を参照し、学会のコンセンサスをチェックする学術誌は、医学研究も含む、実験についての一次情報源となる記事をみつけるための最良の場所です。まともな学術誌はどれも査読されています。査読雑誌においては、編集者の見解からは重要ではなかったり疑問のある研究を報告しているような、多くの論文は掲載されません。特に、査読されていない学術誌に掲載され、違う分野の事柄について報告している資料には注意してください。(Marty Rimmとソーカル事件を参照。) ある言説が、査読された雑誌に公開されているからと言って、それが真実であるということにはなりません。よく設計された実験や研究でも欠陥のある結果を産み出したり、故意の捏造によるものだったりする場合があります。(Retracted article on neurotoxicity of ecstasy(エクスタシーの神経毒性についての撤回された記事)やシェーン事件を参照。) 誠実さと、Wikipedia:中立的な観点およびWikipedia:独自研究は載せないの方針は、私たちが支配的な「科学におけるコンセンサス」を記述することを求めています。その分野の専門家集団の世論を調査することは、多くの編集者にとって実際的ではありませんが、幸いにももっと簡単な方法があります。科学におけるコンセンサスは、最近の、権威ある総説論文や、教科書およびある種のモノグラフにおいて記述されています。 現在のところ得られている根拠からはまだ1つの答えに達しないため、支配的な観点が1つになっていない場合があります。ウィキペディアは正確さと同時に有用であることも目指していますので、それぞれの考えを持つグループの学説や実験に基づく考察を、公刊された情報源を参照した上で、説明するよう努めます。編集者は、しかしながら、ある特定な学説や立場を擁護したり反対するような論説を自ら作成してはなりません。方針のWikipedia:独自研究は載せないを参照のこと。重要な少数派の見解はウィキペディアで歓迎されますが、きわめて少数派の見解を書く必要はありません。(Wikipedia:中立的な観点を参照のこと。) もしも不確実性や論争があるとしたら、読者がそれに気付くように書いてください。文献をきちんと参照している記事は、具体的な学術誌掲載論文あるいは、具体的な研究者によって提案された具体的な学説を指し示すことになるでしょう。 科学では一般向けの出版物からの引用を避ける一般読者向けの出版物はたいてい、科学を適切に報道していません。新聞記事や一般雑誌は、実験結果を判断するための前後関係を欠いている場合が一般的です。どんな結果でもその確実さを過剰に強調しがちです。例えば、新しい実験薬を病気の「治療法の発見」と表現します。また、新聞や雑誌は、結果が査読されたりほかの実験で再現されたりする前に、科学に関する記事を公表することもよくあります。科学的作業の方法論や実験失敗の程度についても不十分な報告になりがちです。そのため、一般向けの新聞や雑誌の情報源はたいてい、科学や医学の記事に対しての情報源として信頼できません。 一般読者向け出版物の、科学研究についての記事は、何を提供する事ができるでしょうか。往々にして一番役に立つのは、あるプロジェクトにたずさわる主要な研究者の名前、そして彼または彼女の所属する研究所の名前です。例えばある新聞記事が、ウッズホール海洋研究所のジョー・スミスの、ソナーへのクジラの反応についての考察を引用しているなら、もっと見つけるために、あなたが何をすればいいかの明確なヒントになるでしょう:そのテーマについての彼の仕事を調べればいいのです。その新聞記事を引用するよりも、彼の発表した論文を引用してください。 どの学術誌は評判が良いか?どの学術誌が科学者に高い評価を受けているかを判定する一つの方法は、インパクト・ファクターの点数を見ることです。その点数は、その学術誌が他の出版物の論文に何回引用されたかを示します。しかし、インパクト・ファクターは、必ずしも全ての学問分野や専門分野において有効というわけではないことに、気をつける必要があります。 一般に、著名な学術団体によって公刊される学術誌は、商業的な出版社によって作られるものよりも、より質が高いと言えます。 アメリカ科学振興協会の学術誌サイエンスはとりわけ最も高く評価されており、ネイチャーとセル (雑誌)はすぐれた非学会系の刊行物です。 評判が良い学術誌でも、時には実験的な結果の撤回を掲載するかもしれない、ということを心に留めておいてください。その記事が単に信頼がおけるというだけでなく、興味を引くとか将来性が高いという理由で選ばれているかもしれません。 arXivの予稿と会議の要旨arXivを始め、ウェブ上で予稿論文や学会発表要旨を公表する情報源が増えていますが、こうしたウェブサイトは、そこで発表される論文に対して何の編集管理も行なっていません。この理由から、arXiv(および類似のサイト)の予稿論文や学会発表要旨は「自己発表された情報源」であると言えます。なぜなら、それらの資料は独立した情報源によって発表されたものではなく、他の自己発表された情報源と同様に扱われるべきだからです。上の自己公表された情報源の項を見て下さい。それらの多くは一次情報源でもありますから、このガイドラインの様々なセクションで記述されているように、取り扱いに注意が必要です。 研究者がarXivで研究を発表するのは、競争の激しい分野で先行実績を作るためだったり、論文査読中に(数学分野では特に長期間を要します)科学コミュニティに新開発の解法を紹介するためだったり、場合によっては、学術誌に掲載を断られた論文を発表するためだったり、質的に怪しい論文について査読なしで済ませてしまおうということだったり、様々な理由によります。ArXivのような予稿集に掲載された論文は、執筆時に予定された学会誌への掲載が実現するとは限らないこと、場合によってはarXivのためだけに執筆され学会誌等では発表されないものもあるということを、認識する必要があります。同様に、学会で発表された資料も、科学誌で発表される価値がないものかもしれません。 実験と研究を評価する科学者は、一般的な誤りを予防し、他の科学者が実験結果を再現できるように、対照実験(例えば偽薬による対照群)や医学研究における二重盲検法等、一定の技法を用います。生データとともに、実験計画や実施方法の詳細を記述しなければなりません。信頼できる研究はいきなり結論を提示しないものです。 統計統計的情報は、容易に且つ頻繁に、一般の人々、ジャーナリスト、そして科学者に、誤って解釈されます。統計的情報は、最大限の注意をもって、公刊された情報への参照によって、検査し、また説明されねばなりません。 そのような間違いや悪用についてはMisuse of statisticsやOpinion poll、Statistical surveyなどをご覧下さい。 法律について世界にはいくつかの異なった法体系があり、法はそれぞれの法域内でしか効力をもたないことに、まず留意してください。法は法域ごとに違いますから、当該法域の専門家の意見が、他の法域の解説者の意見より望ましいです。 法的文書について論述する場合、優れた新聞の記事に基づいて論述することも許されますが、一般的には、その法的文書を直接引用するか、著名な法学者の著作を引用する方が望ましいです。新聞記事を書く記者は、多くの法律家より幅広い専門家の意見を聞ける立場にいるかもしれませんが、その記者自身は法律家としての訓練を受けていないかもしれません。ですから、新聞記事の質を判断するときには、過去にその記者やその新聞が法的問題をどのように扱ってきたかを基準にしてください。 大衆文化やフィクション他のすべての記事と同様に、大衆文化やフィクションに関する記事も、信頼できる情報源による裏付が必要です。これらの分野では、その性質上、科学や法や哲学などと同レベルの学術的な資料は、それほど存在しないかもしれません。しかし、そうであっても、個人のウェブサイト、Wikiソース、掲示板やUsenet、ブログへの投稿を二次情報源として使用してはいけません。この点について、英語版ウィキペディアでは、次のように述べた仲裁事例があります。
参考文献
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