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エス・エヌ・ケイ(SNK)は、1973年から2001年にかけて、ゲーム機やゲームソフトの企画・開発・販売、及びアミューズメント施設の経営などの事業をかつて行っていた日本のゲームメーカー。 ループレバーや、業務用筐体と家庭用ゲーム機に共通フォーマットを採用し、自社の業務用ゲームをそのまま家庭でも遊技出来るゲームシステム「ネオジオ」の発売元として、ゲームファンの間で広く認知されている。
歴史と概要新日本企画 時代 (1973年-1986年)神戸にあった電機会社が、経営悪化を理由に大阪で喫茶店経営と土建屋業を営んでいた元ボクシング選手の川崎英吉(かわさき えいきち、1944年 - )氏に資金提供を依頼したのを買収し、1973年に新日本企画を創業したのが始まり。1978年7月22日に株式会社として法人化。同社にアクションゲームや対戦格闘ゲームが多いのは、創業者の影響だと言われている。 創業当時の、アーケードゲーム史に残る有名なゲームは、主に以下の通り。
1980年頃から、同社の愛称として「新日本企画」のローマ字読み(Shin Nihon Kikaku)から頭文字を取って「SNK(エス・エヌ・ケイ)」とした。 エス・エヌ・ケイ 時代 (1986年-2001年)1986年に愛称である「SNK」に社名変更することになったが、登記上は「エス・エヌ・ケイ」とせざるを得なかった。これは当時の法務省がアルファベットによる商号登録を認めなかったためである。そのため正式社名は「株式会社エス・エヌ・ケイ」となる。ちなみに、このような同じ経緯を辿ったゲーム会社にはエーディーケイ(旧社名:アルファ電子)など、違う業種の会社にはTDK(旧名:東京電気化学工業)などがある。 1990年代にネオジオや対戦型格闘ゲームのヒットにより、会社規模を拡大して行く。大阪市交通局の地下鉄御堂筋線江坂駅(大阪府吹田市)周辺は、本社屋、開発社屋や直営ゲームセンター「ネオジオランド」が立ち並ぶ、エス・エヌ・ケイ関連の看板が目に付く街並みであった。 エス・エヌ・ケイが発売するゲームについてはシューティングゲーム、ロールプレイングゲーム、そして対戦格闘ゲームなどバリエーションがあったが、対戦格闘ゲーム『餓狼伝説』が大ヒット。これが同社の転機となり、同作はシリーズ化もされた。これを機に徐々に対戦格闘ゲーム偏重のラインナップとなり、対戦格闘の黄金期であった90年代には『サムライスピリッツ』、『龍虎の拳』、『ザ・キング・オブ・ファイターズ』等の自社人気格闘ゲームを続々とシリーズ化し、同様に対戦格闘ゲームのヒットで規模を拡大した大手メーカーカプコンを凌ぐほどの成長を見せた。前述の「ネオジオランド」ほか直営アミューズメントパーク「ネオジオワールド」を展開するなど業種を拡大していく。 エス・エヌ・ケイの主戦力となった同社の対戦格闘ゲームであるが、各作品ともシリーズを経る毎に操作システムのマニアックな複雑化や、美形と女性キャラクターなど一部の人気キャラに偏重した登場人物の編成など、次第にカルトファンに迎合した作りが顕著になり、間口は他社製品よりも狭くなる反面、コアファンからは絶大な支持を集め、それぞれの作品のCDドラマやテレビアニメ制作でメディア展開していった。 しかし2000年を回ると、格闘ゲーム自体が徐々に下火となり市場縮小、対戦格闘に傾倒が過ぎた企画体制は抜本改変の機を逸し、加えて拡大し過ぎた多角経営が災いして徐々に経営が悪化。パチスロメーカーアルゼ社の子会社となるが、2001年10月30日、倒産した。 倒産後、エス・エヌ・ケイ関係の権利は、系列会社であったプレイモア社(現SNKプレイモア)のものとなり、現在もエス・エヌ・ケイの一部作品の続編が発表されている。[1] エピソードSNK がウェブサイトを開設するにあたり、ドメイン名を 提供していた番組テレビ
ラジオ
脚注関連項目
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