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実装パーソナルコンピュータRDRAMをサポートする最初のPC用マザーボードは1999年に登場した。これらの製品はPC-800 RDRAM に対応しており、400メガヘルツ動作で1600MB/sのバンド幅を、184ピンの RIMMフォームファクタを用いて提供した。 データはクロック信号の立ち上がりと立ち下がりで転送される(ダブルデータレート)。マーケティング上の理由により、物理的なクロックレートは(DDR動作であるため)2倍とされ、400MHzの Rumbus規格は PC800 と命名された。これは、以前の規格 PC-133 SDRAMより大幅に高速であった。PC-133 は 133MHzで動作し、64bit の 168 ピンDIMMのフォームファクタで1066MB/s のバンド幅を提供した。 さらに、マザーボードがデュアルあるいはクアッドチャンネルのメモリサブシステムを備えている場合、すべてのメモリのチャンネルは同時にアップグレードする必要があった。16 ビットのモジュールが1チャンネルのメモリを提供し、32ビットのものが2チャンネルを提供した。このため、16ビットのモジュールを受け付けるデュアルチャンネルのマザーボードは、RIMMをペアで着脱する必要があった。32ビットのモジュールに対応したデュアルチャンネルのマザーボードは、一枚ずつRIMMを着脱することができた。 モジュール仕様
ビデオゲーム機Rambus の RDRAM は、1996 年の Nintendo 64をはじめとしていくつかのビデオゲーム機で使用された。 任天堂のゲーム機は 4.5MiBの 9bit バス、266MHzダブルデータレート動作の RDRAM を使用し、500MB/sのバンド幅を提供した。RDRAM の簡素な設計のおかげで、N64 は広いメモリバンド幅を確保することができた。また RDRAM の狭いバス幅のおかげで、ボードの回路設計者は単純な設計手法を使用しコストを最小限にすることができた。しかしながら、高いアクセスレイテンシのため RDRAM のメモリは好まれなかった。N64では、RDRAMモジュールはパッシブのヒートスプレッダ部品により冷却されていた[12]。 ソニーはプレイステーション2で RDRAM を使用した。PS2 は 32 MiB のメモリを備え、デュアルチャンネルの構成を実現したため 3200MB/s のバンド幅が利用可能であった。 プレイステーション3 は RDRAM の後継と考えられる Rambus 社の XDR DRAM を 256 MiB 使用し、8 倍速転送[1](ダブルデータレートと比較)の 400MHz 64ビットバスにより、3.2GHzの速度で、204.8 Gbit/s(25.6GiB/s)という高いデータレートを実現した[2]。 ビデオカードCirrus Logic社は、Lagunaグラフィックチップファミリの二つの製品で RDRAM のサポートを実現した。2D のみの 5462 と、3Dアクセラレーションも可能な 2D チップの 5464 である。 RDRAMは、その高いバンド幅により、潜在的に高速であるうえ、コスト面での利点を提供した。このチップはCreativeの Graphics Blaster MA3xx シリーズなどに用いられた。 性能現代の他のメモリ規格と比較して、Rambus には若干のレイテンシの増加と、発熱、製造上の複雑さとコストの高さがある。RDRAMの大きなダイサイズを批判する者もおり、16Mビットで10-20パーセント、64Mで約5パーセントのインターフェイスのためのペナルティが必要である[13]。
複数の RIMM を一つのメモリチャンネルに装着する場合、パフォーマンス上の影響は SDRAMの設計より大きく、SDRAMのマザーモードでは経路が 1〜2チップであるのに対して、RDRAM では遠いメモリモジュール上のチップはメモリコントローラの近くに物理的に配置されたすべてのメモリチップ上を通らなければならない。 ごく一般的な Rambus メモリコントローラーの設計では、メモリーモジュールを二本をセットとして装着することが前提となる。残った未使用のメモリスロットは、CRIMMを装着しなければならない。 追加する CRIMM モジュールはメモリの容量を一切増やすのではなく、マザーボード上で信号が反射する終端が生じないよう、終端抵抗に対する信号を伝達するためだけに働く。右下の画像は CRIMMモジュールを示す。 画像:RAMBUS-Terminator.jpg
A RAMBUS Continuity-RIMM (CRIMM), also known as terminator or dummy.
i840(Pentium III)、Intel 850(Pentium 4), Intel 860 (Pentium 4 Xeon) チップセット の登場に伴い、インテルはバス幅を32ビットに増やすことでバンド幅を二倍にしたデュアルチャンネルの PC-800 RDRAM のサポートを追加した。その後、i850Eチップセットでは PC-1066 RDRAM が導入され、デュアルチャンネル時の合計バンド幅を 4200 MB/s に拡大した。2002 年に、インテルはE7205 Granitebay チップセットを発表した。デュアルチャンネルの DDR を導入し、対抗する RDRAM より若干低いレイテンシで4200 MB/s の合計バンド幅で提供している。 RDRAM で 800 MHz の速度を達成するためには、現代の SDRAM DIMMが 64 ビットのバスとは異なり、 メモリモジュールは16ビットバスでしか動作できない。さらに、インテル 820 の登場した当時の RDRAM モジュールは、すべての製品が 800 MHz では動作できず、遅いクロックでしか動作しないものもあった。 ベンチマーク1998年に実施されたベンチマークテストでは、大半のアプリケーションが RDRAM では低速に動作した。RDRAM はUMAでは SDRAM 製品よりわずかに高速であったものの、Intel 820 はローエンドの製品ではなく、また RIMM を使用するローエンド製品は開発されなかった。 このため、この利点はエンドユーザーにとっては無意味だった[14] 。 1999年、Intel 840, Intel 820, Intel 440BX を使ったベンチマークでは、Rambus チップセットを用いたことにより得られる性能の向上(もしあればだが)は、ワークステーションの用途を除き、440BX チップセットとPC-133 SDRAM に対して大幅に高い値段を正当化できるものではなかった[15]。 後に2002年、シングルチャンネルの DDR SDRAM モジュールが SiS648 と組み合わせた場合、実際のアプリケーションではデュアルチャンネルの 1066MHz RDRAM 構成の Intel 850E と拮抗することが示された[16]。 さらに、デュアルチャンネル DDR400 SDRAM モジュールを使用可能なチップセットが登場しようとしていた。 PC市場での RDRAM のマーケティング1996年11月、Rambus はインテルとの開発およびライセンス契約を結んだ。[3] DDR SDRAM と比較した場合の RDRAM の優位性を認識し、インテルは Wintel の開発コミュニティに対し、自社のマイクロプロセッサに Rambus メモリインターフェイスのみサポートする声明を発表し、[4]インテルはRambus 株を100万株、一株10ドルで購入する権利を与えられた。 1998年、インテルはDirect RDRAMの導入を加速させるため、 5億ドルの資本投資をマイクロン・テクノロジに対して行うことを計画した。[5]そのほかの投資として、1999年の サムスン電子 への1億ドルの支払いなどがある。 移行の戦略として、インテルは将来的に Intel 82x チップセットでMemory Transfer Hub (MTH)を用い PC-133 SDRAM DIMM をサポートすることを計画した。[6]2000年、インテルはMTHの搭載された Intel 820 マザーボードをリコールした。MTH は同時にスイッチングを行う際、 不明の理由で停止したり、突発的に再起動させる電気的なノイズを発生させたためである。[7]これ以降、Intel 820のマザーボードが MTH を搭載することはなかった。 2000年、インテルはリテールの Pentium 4 CPU に二枚の RIMM をセットにして販売し、RDRAM を援助した。[8] インテルは 2001 年、徐々に Rambus の支援を打ち切り始めた。[9] 2003年、インテルは Intel 865 および Intel 875 チップセットを発表し、Intel 850 をハイエンドとして置き換える製品として位置づけられた。さらに、将来のメモリーのロードマップには Rambus は含まれていなかった。[10]
2004年には、インフィニオン、ハイニックス、サムスン、マイクロン、エルピーダが2001年に固定価格への操作を行ったことが明らかになった。[13] 問題の企業は犯行を認め、後に罰金を科された。価格操作の目標は、不公平な市場戦略により RDRAM を市場から抹殺するためであった。複数のメモリ製造企業が罪状を認め、Rambus 社に数100万ドルの支払いを行った。 関連項目外部リンク参照 |
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