Open Source Initiative

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Open Source Initiative(オープンソース・イニシアティブ)は、オープンソースソフトウェアを促進することを目的とする組織である。

1998年2月にブルース・ペレンズエリック・レイモンドにより設立される。その当時、ネットスケープコミュニケーションズが利幅の減少とマイクロソフト社のInternet Explorerとの競争により、旗艦製品であったNetscape Communicatorソースコードフリーソフトウェアとして公開したことが背景にある。

レイモンドは設立当時から2005年2月まで組織の代表であった。ラス・ネルソンが代表職を引き継いだが、争論を経て1か月で辞職することになり、その後マイケル・ティーマンが暫定的に代表となった。

また、「オープンソース・イニシアティブ」というフレーズはOW2 Consortiumにより、オープンソースなプロジェクトから市場を意識した努力を区別するのにも使われている。2004年6月に(当時のObjectWeb consortium)によって開始されたESB initiativeはその例である。

目次

ハロウィーン文書

1998年から2000年にかけて、「オープンソース」という用語が(よく誤解されていたが)大きな広がりを見せ、多くの企業が、代替的なオープンソースのオペレーティングシステムについて考え始めるようになった。オープンソース・イニシアティブは、ハロウィーン文書と呼ばれる、マイクロソフト社の多くの内部文書を公開することに成功。そこではマイクロソフトはLinuxの競争相手であることが示され、またオープンソースソフトウェアの脅威を除去する様々な方法が提案されていた。

:en:Embrace, extend and extinguishも参照

フリーソフトウェア運動との関係

オープンソース運動は、当初からハッカーコミュニティー内において論争の的であった。オープンソース運動はフリーソフトウェア運動の分派であり、オープンソースソフトウェアフリーソフトウェアと言い換えようとする試みであると(実利的というよりは思想的な観点から)頻繁に捉えられることがあり。フリーソフトウェア運動の創始者の中には、運動を幅広く歴史的に考察したり、その始まりは「オープンソース」という用語よりも早くから使われていたと主張したりするなどにより、フリーソフトウェアの歴史的な根拠を主張する者もいる。また、フリーソフトウェア運動の由来を初期のARPANETUnixコミュニティ、もしくはTech Model Railroad Clubなど初期のハッカーグループの活動に求める者もいる。

リチャード・ストールマンフリーソフトウェア財団(FSF)を代表して、オープンソースという新語を発明した動機を批判している。彼によると、イニシアティブの実利的な目標によりセミ・フリーもしくは全くプロプライエタリなソフトウェアとの区別が見えにくくなり、ユーザーは中心的な道徳の問題やフリーソフトウェアにより与えられた自由について考えることが無くなる。ストールマンはフリーソフトウェアとオープンソース・イニシアティブを、同じフリーソフトウェアコミュニティ内における別々の陣営と見ているが、彼は「私達は基本的な点では同意しないが、実際の勧告に関してはいくらか同意する。そのため、私達は多くの特定的なプロジェクトにおいて協力して作業することが出来る」と述べた [1]

オープンソース・イニシアティブの創立者たちが主張するところによると、FSFがOSIを反FSF政治団体の一種と見做していることによって、彼らの実際の行いではなくむしろイデオロギーへの固執が反映されている、とされる。ただ、オープンソースの支持者たちは“フリーソフトウェア”が危機であるとき(例えばマイクロソフトによりGNU GPLが強烈に攻撃された2001年など)彼らの援助に回った。また、2003年に両方のグループはLinuxのカーネルについて起こされたSCOの訴訟を一緒に戦うこともあった。実際には、多くの人々は(ストールマンのような人々は片方の思想のみを支持するが)両方のグループをある程度特定しているため、それら2つの運動は厳密に分けられることはないのである。

2つのコミュニティの緊張関係は時々、報道の応酬やストールマンとオープンソース運動の代表的存在者(レイモンドやリーナス・トーバルズ)との個人的な背景事情の違いなどにより悪化することがある。

ただ実際にはフリーソフトウェアとオーブンソースソフトウェアの運営上の定義はほぼ同じである。FSFとOSIがそれぞれ管理している、問題のあるライセンスのリストはApple Public Source LicenseArtistic Licenseの初期バージョンの扱い方を除き非常に酷似している点が見受けられる。またそれぞれの運動の支持者たちはソフトウェアのプロジェクトに関して容易に協力することが出来る。

それゆえオープンソース対フリーソフトウェアは、エディタ戦争KDEGNOMEのように、ハッカーたちの思想的対立であると見做すことができる。

中には、それらの運動について述べるときには、オープンソースソフトウェアやフリーソフトウェアではない用語を使うことで、2つの概念の統合された状態を表そうとする人々もいる。オープンソースソフトウェア/フリーソフトウェア(OSS/FS)、フリー/オープンソースソフトウェア(FOSS)、フリー・リブレ/オープンソースソフトウェア(FLOSS)などがそれに当たる。

歴史

Open Source Initiativeの運動は、1998年にジョン・ホール(Jon "maddog" Hall)、ラリー・オーガスティンエリック・レイモンドブルース・ペレンズなどによって公式に開始された。最も有名なのはレイモンドであろう。彼は自らを主要な理論家としているが運動を排他的に進めようとすることは無い。オープンソース運動は、レイモンドや他の共同設立者、リーナス・トーバルス、ラリー・ウォールグイド・ファン・ロッサム等のメンバーを含む緩やかな委員会によって進められている。

彼らは、フリーソフトウェア運動の対立的な姿勢に不満をもち、技術的に優位であるフリーソフトウェアに限り支持することにした(これはレイモンドが著した「伽藍とバザール」において以前から主張されていた)。彼らが望んでいたことは、オープンソースとそれに伴う宣伝が各種ビジネスに対しより説得力のあるものとなることであった。それに関しレイモンドは「もし世界を変えたいなら、大口の小切手を振り出してくれる人を一緒に選択しなくてはいけない」というコメントを残している(シグナスソリューションズレッドハットに吸収合併されたIT企業)は既にこのアプローチを何年にも渡って行っていたが、広く宣伝することは無かった)。

またOSIは、Debianフリーソフトウェアガイドライン(つまりフリーソフトウェアの定義)を基にしているオープンソースの定義を採択している。またOSIは自分たちをオープンソース運動のスチュワードとして見ている。認可団体として活動しオープンソースという用語の誤用が拡がらないようにするため「オープンソース」を商標として登録しようとするが、この試みは失敗に終わる。それでもOSIは影響力を拡大し誤用を最小限に抑えることが出来た。また、FSFと並んでOSIはハッカーコミュニティにおいて基本的な権利擁護団体である。

オープンソース運動の初期は1998年から2000年にかけて起きたドットコムブームの時期と重なり、またそれを部分的に助長した。この頃からそれまで以上の人々がLinuxを使うようになり、オープンソースに理解を示す数多くの企業が設立された。また、この運動は主流のソフトウェア産業にも注目され、例えば、Corel Linuxを開発したコーレルOpenOffice.orgの開発元であるSun Microsystems、またOpenAFSを開発したIBMなどの企業がオープンソースソフトウェアの開発を進めるきっかけとなった。ドットコム景気のバブルが弾けた2001年までに、オープンソース支持者が当初抱いていた目標は既に達成されており、2001年から2003年までの不況時におけるコスト削減の気勢においてオープンソース運動は一層影響力を増したといえる。

オープンソースの文化

詳細はen:Open sourceを参照

いくつかのオープンソース運動から明らかになったことだが、オープンソースの原則はコンピュータソフトウェアのみならず技術的な面、例えば通信プロトコル、データ記憶フォーマット、オープンソースハードウェアについても適用可能である。一般的な知識を広める等、全く異なる分野においてもオープンソースの考えは拡張することが可能である。

委員会のメンバー

Open Source Initiativeの委員会は以下の人員から成る。

かつてOSI委員会に所属していた人員は以下のとおりである。

オープンソースに関連した運動

アメリカ合衆国

マレーシア

関連項目

脚注

  1. ^ Stallman, Richard (2007年6月19日). "Why “Free Software” is better than “Open Source”" Philosophy of the GNU Project. GNU Project. 2007年7月23日閲覧.

外部リンク

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