長谷川滋利

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長谷川 滋利
基本情報
国籍 日本
出身地 兵庫県加古川市
生年月日 1968年8月1日(40歳)
身長
体重
180cm
78kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 1990年 ドラフト1位
初出場 NPB / 1991年4月11日
MLB / 1997年4月5日
最終出場 2005年9月29日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

長谷川 滋利(はせがわ しげとし、1968年8月1日 - )は元プロ野球選手メジャーリーガー。現在はプロ野球解説者兵庫県加古川市出身。A型。マネージメントは吉本興業スポーツ部。日本でのニックネームは「シゲ」あるいは「シゲ魔神」(佐々木主浩の大魔神をもじって)、アメリカでのニックネームは「シギー」。投球間隔が短い、淡々としたリズムのピッチングが特徴。

目次

来歴・人物

高砂市加古川市組合立宝殿中学校に在籍時、投手として第5回全国中学校軟式野球大会で優勝。東洋大姫路高校では全国大会に3度出場。立命館大学在学時は関西学生野球連盟で5度最優秀投手の表彰を受け通算40勝。1回生のときには古田敦也(前東京ヤクルトスワローズ監督)が4回生と在籍していた。また、同志社大学に在籍していた杉浦正則(現在は日本生命硬式野球部監督)と同じ回生で、立同戦が大いに盛り上がった。

1990年のドラフトでオリックス・ブルーウェーブの1位指名を受け入団。入団時の背番号は17。

プロ1年目の1991年には12勝し最優秀新人賞を獲得するなど、オリックスの先発投手の柱として活躍した。

1997年1月に金銭トレードによりアナハイム・エンゼルスに移籍。背番号は21。90MPHの2シームなどを武器に、大リーグではセットアッパー(中継ぎ投手)として起用され好成績を残す。

2001年オフ、シアトル・マリナーズへ移籍しオリックス時代の同僚イチローと再会。背番号は17へ変更。2003年は佐々木の故障を受けクローザー(抑え投手)として起用され好結果を残し、オールスターゲーム出場を果たした。長谷川の投球フォームの動作は大変速く、打者のタイミングをはずすことに成功したのがメジャーリーグでの活躍の要因の一つと言える。牽制球も非常に上手く、盗塁によるピンチの拡大をよく防いだ。また、故障も非常に少なく、故障者リストに入ったのも1度だけ。メジャーリーグで9年間マイナー落ちを経験せずに投げ抜いた。

2005年11月、球団から来年度の契約未更新を通告され事実上の解雇となった。その後、日米数球団からのオファーがあったが「マウンド上でのモチベーションを維持することが困難になった」との理由で2006年1月に正式に引退を表明した。

メジャーリーグで野球をしたいからアメリカに渡ったのではなく、アメリカに住みたいからメジャーに渡ったという(実際、アメリカの永住権も所有)。元来勉強家としても知られ、メジャー移籍前に猛勉強した英会話は、日常生活の会話に不自由しないことはもちろん、アメリカのテレビ局の番組でも、時折ジョークを交えながら他の選手へのインタビュアーを務めることができる腕前(エンゼルス入団会見でも流暢な英語で自己紹介をしている)。日本人向けに英語の上達方法を記した著書も発表した。英語に関しては、メジャー移籍のかなり以前からシーズンオフのたびにアメリカへ渡り、ホームステイしながら勉強をしていたという。また、英語で書かれた経済書を愛読し、ロッカーでウォールストリートジャーナルを読む唯一のメジャーリーガーとささやかれるなど野球選手として以上にビジネスマンとしての資質に長けているとの声も多い(冗談まじりとも思われるイチローのコメントによれば、練習中も株やビジネスの話ばかりしていたらしい)。吉本興業スポーツ部所属で長谷川のマネジメントを担当する小坂勝仁(元ヤクルト)は「数年間、経済本ばかりアメリカに送り続けた」と話している。更にパソコン好きで一時期インターネットを閲覧し過ぎて肩こりが酷くなった事もあったと語っている[1]

30歳を過ぎてから、ウェイトトレーニングによって球速が8km/h伸びた。このことが日本でも紹介され、「正しいウェイトトレーニングをすれば、年をとっても球は速くなる」ことがプロ野球選手に浸透した。イチローのようなスーパースター的キャラクターを持った選手ではなかったが、努力とインテリジェンス(加えて凝り性でもあるらしい)で自分の地位を築き上げた、メジャーリーグで極めて大きな結果を残した日本人選手の一人。2006年よりスポーツニッポン評論家に就任。

エピソード

  • 大学では経営学部で学んだ。簿記が苦手だったという。
  • 俳優の嶋尾康史(元阪神投手)とは高校の同級生。(嶋尾は高校時にドラフト指名を受け阪神入り。長谷川は大学進学。長谷川はエースで四番で、嶋尾は背番号10の控え投手であった。)
  • 立命館大学衣笠キャンパスの側にある餃子の王将衣笠店でサイン色紙が飾られていた。
  • 1993年のオフ、つまり入団3年目の終わりから早くも将来的なメジャー挑戦を口にしていた。そのため95年に野茂英雄ロサンゼルス・ドジャースでメジャーデビューを果たした時は「先を越された!」と悔しがり、焦りを感じたという。
  • 前述のように、非常にすばやい投球テンポ、投球フォームが特徴的なプレースタイルだったが、これもまた彼特有のメジャーリーグで生き残るための試行錯誤の結果であり、本人曰く「日本にいた頃はテンポもフォームもとても遅かった」と振り返っている。
  • 2003年の、自身のメジャーリーグオールスター出場について「貴重な体験」と語りながらも、試合では1点リードの状況で登板し逆転2ランを浴びるなどして、2/3回4失点を記録したのが苦い思い出として残っているらしく、試合中継の際、オールスターに話題が及ぶと、「○○選手には頑張って貰いたいですね。僕はダメでしたが」という具合に自虐的なコメントをその都度言うのが、半ば解説時の持ちネタになっている。
  • 自らの体験や豊富なメジャー関係者との人脈を元に語る解説は明快かつ詳細で概ね好評だが、生来の喋り好きなのか、ときたま実況アナウンサーよりも多く長く話したがるので、NHKならではの落ち着いた放送を期待しているファンから「うるさい」と不興を買うことがある。本人もその点については自覚があるようで、公式ブログなどで反省をすることがあった。
  • 2007年11月、広島のエース黒田博樹のメジャーリーグ挑戦の仲介役に。
  • マイナーリーグが舞台となったNHKのテレビアニメメジャーの第4シリーズでは野球監修を務めている。
  • 「ラーメン横綱」のラーメンが大好物である。(以前、おしゃれカンケイで紹介された。東京には店舗がなく、わざわざスタジオで作ったとの事)

年度別投手成績

年度 チーム






























1991年 オリックス 28 11 3 0 12 9 1 .571 185.0 184 15 50 6 111 76 73 5.40 3.55
1992年 24 4 0 1 6 8 1 .429 143.1 138 12 51 3 86 60 52 5.41 3.27
1993年 23 9 3 2 12 6 0 .667 159.1 146 12 48 1 86 61 48 4.86 2.71
1994年 25 8 3 0 11 9 1 .550 156.2 169 12 46 2 86 61 54 4.96 3.11
1995年 24 9 4 2 12 7 0 .632 171.0 167 16 51 2 91 62 55 4.79 2.89
1996年 18 2 0 0 4 6 0 .400 87.2 109 12 40 2 55 60 52 5.68 5.34
1997年 エンゼルス 50 0 0 0 3 7 0 .300 116.2 118 14 46 3 83 60 51 6.43 3.93
1998年 61 0 0 0 8 3 5 .727 97.1 86 14 32 2 73 37 34 6.77 3.14
1999年 64 0 0 0 4 6 2 .400 77.0 80 14 34 2 44 45 42 5.14 4.91
2000年 66 0 0 0 10 6 9 .625 95.2 100 11 38 2 59 38 11 5.58 3.58
2001年 46 0 0 0 5 6 0 .454 55.2 52 5 20 2 41 28 25 6.68 4.04
2002年 マリナーズ 53 0 0 0 8 3 1 .727 70.1 60 4 30 2 39 26 25 5.01 3.20
2003年 63 0 0 0 2 4 16 .333 73.0 62 5 18 0 32 12 12 3.95 1.48
2004年 68 0 0 0 4 6 0 .400 68.0 67 5 31 2 46 42 39 6.09 5.16
2005年 46 0 0 0 1 3 0 .250 66.2 66 4 16 3 30 31 31 4.08 4.19
NPB通算(6年) 142 43 13 5 57 45 4 .559 903.0 913 79 286 16 515 380 334 5.13 3.33
MLB通算(9年) 517 0 0 0 45 44 33 .455 720.1 691 76 265 18 447 324 297 5.59 3.71
通算成績 659 43 13 5 102 89 37 .534 1623.1 1604 155 551 34 962 704 631 5.33 3.50

タイトル・記録等

著書および関連書籍

  • 『適者生存―長谷川滋利メジャーリーグへの挑戦 1997‐2000』   (2000年11月・ぴあ
  • 『メジャーリーグで覚えた僕の英語勉強法』 (2001年11月・幻冬舎
  • 『適者生存―メジャーへの挑戦』 (2003年9月・幻冬舎文庫)
  • 『不可能を可能にすること 僕のメジャーリーグ日記』 (2003年12月・幻冬舎)
  • 『自分管理術―チャンスに勝つ ピンチで負けない』 (2005年10月・幻冬舎文庫)
  • 『超一流じゃなくても「成功」できる』   (2006年8月・新潮社
  • 『素晴らしき!メジャーリーガー人生』 (2006年10月・日経BP社
  • 『素晴らしき日本野球』  (2007年4月・新潮社)

出演

長谷川はアメリカ在住であるため、日本に帰国している時以外は、現地と日本をつないで出演している。

関連項目

外部リンク

先代:
野茂英雄
パ・リーグ新人王
1991
次代:
高村祐

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