草の根BBS

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草の根BBSくさのねビービーエス)とは、パソコン通信のうち主に個人やグループが運営していた小規模なものをいう。多くがTTY無手順接続方式を採用し、BBS(Bulletin Board System)を中心としたサービスが行われた。無料で運営されることが多く、1980年代後半から1990年代前半頃が最盛期であった。草の根ネットローカルBBSとも言う。

目次

興隆と衰退

1985年4月に電電公社が民営化され、電話回線が電話以外に開放されるようになると、早くから個人でパソコン通信のホストを開局する者が現れていた。後に商用のパソコン通信サービスとして、ニフティサーブPC-VANといった大手が何十万人もの会員を擁して隆盛を誇ったが、趣味の範囲内で運営されていた草の根BBSは、商用パソコン通信と競合することなく、独自の発展をしていった。 中でも、東京BBS、ナツメネットなどは草の根と呼ぶには規模が大きかった。

ただ、遠距離からのアクセスには電話代がかさむことや、草の根BBSは個々の局だけで閉じた存在だったこともあり、インターネットダイヤルアップ接続環境が整備され始める1995年頃から、次第にウェブページ上のBBSに移行し始め、文字ベースの掲示板を残したBBSもtelnet接続によるものに移行していった。

特徴

基本的に大手パソコン通信と異なり、接続料は無料であり、電話代だけで利用することができた。また、大手パソコン通信は接続のためのアクセスポイントが全国に設置され、日本全国に利用者がいるのに対して、草の根BBSはアクセスポイントがホスト設置場所のみであり、地域への密着度が強く、ローカル色の濃さが特色だった。1988年に個人向けのVANサービスのTri-PやTYMPASが登場したが、契約する草の根BBSはほとんどなく、事情に変化はなかった。

大手のパソコン通信に飽き足らなくなった人の中には、自分で自由に掲示板の構成を決められることに魅力を感じて、自分で草の根BBSの運営を行なうようになった人もいる。また、草の根BBSの中には、個人の趣味でなく、電器店、パソコンショップ、ソフト開発会社が、宣伝やサポートを兼ねたり、純然たるサービスとして運営を行なうケースもあった。

大手の商用パソコン通信と比較して、モデムの高速化に積極的だったのも草の根BBSの特徴の一つだった。

機材

草の根BBSを開設するには、着信用電話回線とモデムを用意し、パソコンにホストプログラムをインストールする。そして、モデムを着信用に設定してホストプログラムを立ち上げれば準備OKである。これでクライアントからモデムで接続できる状態になる。パソコン通信ができれば、特別な機材を導入することなく、ホストを立ち上げることが可能で敷居が低いと言えた。

ホストに使われるパソコンはNECPC-9800シリーズが一般的であったが、MSXFM-7といった8ビットパソコンからX68000まで、ほとんどのパソコンでホストプログラムは存在していた。ホストプログラムは無料で入手できるフリーウェアから商用のものまであり、PC-9800シリーズ向けには、WWIV、BIG-Model、mmm、KT-BBSといったものが有名でよく使われた。

機能

草の根BBSで提供されていたのは、主に名前のとおりの掲示板機能で、ここで様々な情報が交換されていた。ファイルライブラリ機能は、バイナリファイルの転送が可能で、主にフリーウェアなどのプログラムや画像データのやり取りに使われた。メールはその草の根BBS会員同士でのみ交換され、一部の例外を除いて外部の草の根BBSや商用パソコン通信の会員とはメールのやり取りは不可能であった。チャット機能もあったが、回線が一つしかない草の根BBSでは会員同士のチャットは不可能で、ホスト管理者(SYSOP)と接続して来た会員の間でチャットが行なわれた。他にも人工無能やおみくじ、ゲームなどホストプログラムによってさまざまな機能が存在した。

運営

大手パソコン通信は各地にアクセスポイントを設けて、同時に何人もの会員が接続できたが、草の根BBSは一般に電話回線1本であり、1人の会員がホストに接続していると他の会員はその間は接続不可能であったため、長時間の接続は控えるのがマナーとなっていた。複数のユーザーが同時に接続するには、電話回線を複数契約する必要があり、複数回線ある草の根BBSは企業がバックについていたり、有料であったりしたところが多かった。夜間になると、人気がある草の根BBSでは、接続しようとしても話し中で繋がらないこともしばしばで、こうした事情から、DOMと呼ばれるダウンロード・オンリー・メンバー、つまり書き込みなどをせず、ファイルをダウンロードばかりしている会員やチャットを長時間行なう会員は、迷惑行為として批判の対象となることが多かった。ROMと呼ばれたリード・オンリー・メンバー、すなわち掲示板を読むだけで、書き込みをして参加しようとしない会員も歓迎されなかったようである。

このように運営者が契約している電話回線の数によって、同時接続できるユーザー数が限られるパソコン通信の特徴のため、単回線、複数回線に関わらず、ほとんどの局は1度にアクセスできる接続時間が設定されていた。例えば30分に設定されていれば、ユーザーがログアウトしなくても、30分を過ぎればホストの側から自動的に接続を切られる。

それぞれの草の根BBSには、それぞれの個性があり、マニアックな分野で固有の濃い話題が展開されていた草の根BBSには地域の壁を越えて、高い遠距離電話代を支払っても参加する会員も多く、中には自分で機材を用意して各地方で「支局」を立ち上げるメンバーもあった。しかし、一般にはホスト設置場所と同一市区内の会員が多く、実際の友人同士が草の根BBSを使用して内輪の交流に使うこともあった。

また、オフラインミーティングと呼ばれる会合を設けて会員同士が「実際に」会って親睦を深めることがあり、上記のような「マニアック」なBBSでは、全国からメンバーが集うこともあり、コミックマーケットのような全国から人が集まる大規模イベントに乗じて開催されることが多かった。

相互の連携

話題の共通する草の根BBS間では、掲示板の内容やメールを相互に交換する試みが行われていた。同一もしくは隣接区域間では電話回線を用いた一定間隔でのデータ転送、遠隔地間ではフロッピーディスク郵送やアマチュアパケット無線、あるいは地方アクセスポイントを持つ大手パソコン通信の掲示板やメールあるいはチャット(暗号化したうえishを用いるなど)等を用いての転送を試みていたグループがあったが、通信手段・費用およびデータ同期の問題などから実験の域を出なかった。

1986年北海道の6つの草の根BBSの間で週に1度、フロッピーディスクで書き込みを交換して、共有掲示板を運営するという北海道インターネット(HINT)は1989年まで継続した。

世界の草の根BBSを接続するネットワークとして使われていたFidoNetは、日本では帝塚山マイコンクラブを始め、いくつかのグループの間で数ヶ月の実験として行なわれたが、そのまま実験で終わり、普及することなく終わった。

その他にホストプログラムにWWIVを使った一部の草の根BBSが接続され、メール交換や掲示板の共有が行なわれた例があった。

開局告知

開局した草の根BBSを告知をしたいときは、既存の草の根BBSで宣伝したり、パソコン通信の専門誌やパソコン雑誌にコーナーとして設けられた草の根BBS開局を知らせるページを利用したり、電波新聞社から定期刊行されていた全国の草の根BBSを網羅した「BBS電話帳」に載せてもらうなどの方法があった。

現在

ウェブブラウザを備えないワープロ専用機のユーザや視覚障害者、文字通信の愛好者に向けパソコン通信ベースで運営している草の根BBSもあるものの、運営情報を総括的に把握することは、現在は困難になってきている。過去に発行されたBBS電話帳などに記載された電話番号はほぼ全てが既に解約されていたり、他の契約者が別の用途に使用しているため無闇に接続を試みるべきではない。

主な草の根ネット

現在稼働中のネット

著名なネット

関連項目

参考資料

  • 小口寛『パソコン通信開拓者伝説―日本のネットワークを作った男たち』小学館1998年
  • クーロン黒沢『マイコン少年さわやか漂流記』ソシム、2003年
  • ばるぼら『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』翔泳社2005年

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