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研究(けんきゅう)とは、ある特定の物事について、人間の知識を集めて考察し、実験、観察、調査などを通して調べて、その物事についての事実を深く追求する一連の過程のことである。語義としては「研ぎ澄まし究めること」の意。
研究の目的研究の目的は突き詰めれば、新しい事実や解釈の発見である。それゆえ、研究の遂行者は、得られた研究成果が「新しい事実や解釈の発見」であることを証明するために、それが先行研究によってまだ解明されていないことも示す必要がある。また、自身の研究成果が新しい発見であることを他の研究者によって認めてもらうためには、学会や査読付き論文などにおいて研究成果を公表しなければならない。どんなに優れた研究成果が得られても、それが他の研究者によってすでに明らかにされていたとすれば、その研究は無価値である。 基礎研究と応用研究厳密に区分することはできないが、研究には基礎研究と応用研究の2つがある。 基礎研究は、純粋研究とも呼ばれ、理論や知識の進展を目的にしている。その出発点は知的好奇心であり、研究成果を何かの役に立てることが目指されているわけではない。それに対し、応用研究は具体的な問題の解決を目指すことが出発点であり、産業や社会の発展のために行われる。もっとも、中には、せっかくの研究成果が、社会(関係省庁に勤務する公務員を含む)に伝わっていない例も散見される。例えば、中村太士(北海道大学大学院教授・生態系管理学)によると、林野庁や国土交通省、環境省の中堅職員に対して講義をするとき、「森を切った方が年間の河川水の総量が減ると思う人は手を挙げてください」と問うと、3分の1、多いときには半分程度の人が手を挙げるそうだ(ちなみに、世界で実施された流域試験から、森を切れば総流出量は増えるという結論が得られている)。 研究の過程研究を、作業工程という観点から考えた場合、基礎研究、応用研究の別によらず大雑把に言えば「研究とは仮説の構築とその検証、再評価の延々たる繰り返し」である。 「一つの研究」に着目して考えると「一つの研究」の各段階は、概ね「計画、実行、評価」の流れで見ることが出来、より詳しくは以下の要素からなっていると考えることが出来る。このように研究の過程が構造化されていることは、研究結果の公表物であるところの論文がIMRADのように構造化されているのとよく似ている。しかしながら、「論文におけるIMRADのような略称」は今のところない。
高等学校向けのの理科の検定教科書の課題研究の項や、各大学の学生実験の指導書等、研究の初心者あるいはそれ未満のレベルの人を対象とした人向けの教育課程では研究の過程として「『(1)→(2)→(3)→(4)→(5)→(6)→(1)』のループを何度か繰り返したあと、(7)に至る」と等いった極めてオーソドックスな流れを解説している。ただし、理科の検定教科間でも記述に若干の違いがあり、執筆者の個性が伺われる。ただし、どの教科書においても概ね「要素」としてあげているものは上の(1)~(7)で尽きている。問題は、一部の要素が結合されていたり、省略されていたり、より細分化されていたり、ループさせる/させないの違いだけである。特に、「得られた結果と実際の予想とが大きく食い違うこと」は、課題研究や学生実験では起こりにくく、また、そのような”変則的”(実際には”変則”でないほうがおかしいのだが)な事態に対処できるレベルは意外に高いという考えから、「研究結果をフィードバックさせる」というトレーニングをするか否かに大きな違いが現れる。また、(8)-(10)は、学生実験や高等学校の課題研究レベルでは問題になることが殆ど全くなく、検定教科書には解説されていない。 これらの要素をどのようにつなげるのか、どのように偶然的な要素や目標との現実とのズレを実際の研究計画にフィードバックするのかは、研究者の腕や個性、場合によっては価値観や感性にかかわってくる問題である。その意味では、必ずしも実際の研究の現場では必ずしも各要素を直線的に実行(「『(1)→(2)→(3)→(4)→(5)→(6)→(1)』のループを何度か繰り返したあと、(7)に至る」といった具合に)わけではなく、そうあるべきとも限らない。 また、「プライオリティー」が物を言う研究の世界では、極端な場合過去のデータを見て突然ひらめいてそのまま発表するといった「(8)→(10)」のような話や、(6)の過程を省略し、単なる実験結果の羅列を報告するケースなど、ショートカットや省略が多々あるとされる。また、偶然の発見の決定的な証拠が取れた場合、再現実験を何度か行いながら同時平行的に「それをどのような文脈におくのか」を検討するような流れ、つまり「(9)→(1),(2),(3),(4),(5),(6)→(7)」のようなこともよくあるとされる。さらに、通常は(6)の段階でテーマの分割、整理統合が行われる場合がよくある。優れた研究者の中には、(4),(5)と(6)の間の往復に殆どに労力をつぎ込み、ある程度の結果がたまったところで、(10)に至るものもある。また、実験計画の立案や実験のみを行う人、考察のみを行う人のように分業体制で研究を行っているところもある。実験系の場合には「装置の開発」や「材料の精製」の部分のみで学士、修士、博士の学位が与えられ、場合によってはノーベル賞クラスの評価が与えられることもある。一見、「装置の開発」や「材料の精製」の部分のみを行うことは(4)の段階にのみにとどまっているように見えるが、「装置の開発」や「材料の精製」という問題自体を一つの課題として考えれば概ね上の要素に還元できる場合が殆どである。 実験系において、実際の卒業研究の現場では、(1)から(4)の段階は指導教官が用意してくれ、場合によっては、(5)はほとんどテクニシャンのおかげ、(6)についてですらほとんど先輩や指導教官の指導のなせるがままというケースもあるといわれる[要出典]。また、多くの学生、場合によっては未熟な研究者にあっては、「事前によい狙いをさだめること」や「狙いからのズレを適宜フィードバックしてよりよい狙いを定めていくということ」が出来ず、「焦点の定まらない実験データの羅列」に近い”論文”を量産するだけのケースもある[要出典]。 一方で、人文系の文献研究や、数学、素粒子理論などでは、研究目的の決定や、調査方法の立案を行えるレベルに到達するまでに一定数の文献を読む等の基礎学習求められ、上記の(1)~(11)以前に(0)として「基礎基本の勉強」という要素が入るのが通常である。数学、素粒子理論の場合、大学院前期課程ですら、殆どの時間を基礎基本の勉強に割いていて、修了までに新たな知見を得られないどころか、基本的な研究の過程の体験すらできない可能性が低くない。また、後期博士課程の3年次を過ぎても、研究の過程の体験という段階に入れないケースもある。これらのケースにおいては、博士後期を除き、上記の工程を体験せずとも、「在学中に勉強したことのまとめ」という形で、学士、修士論文が受理されることがある。 さまざまな研究関連項目
参考文献
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