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「団体」の幕を出している183系
団体専用列車(だんたいせんようれっしゃ・通称「団体列車」)とは、学校・企業・組合などといった特定集団(団体)が旅行する際に、一般客と乗る普通の旅客列車と別に仕立てて貸しきられた、列車・鉄道車両の総称名である。専用の列車が仕立てられるものについては、臨時列車の一種でもある。
概要団体列車は形態別に、以下のように分けられる。
かつて、国鉄では主に修学旅行用途として『団体専用車両』を保有していたが、現在のJRはジョイフルトレイン以外に特に専用車両を用意していない。 営業距離の長い近鉄は、以前から団体専用車両を保有し、現在も保有・運用している。 他の鉄道事業者でも、車両を貸し切って団体専用列車を仕立てる場合がある。 日本における主な団体列車修学旅行列車修学旅行の生徒・教師・添乗員の輸送を行うもの。昨今では少なくなっているが、かつては専用の車両・列車も多く設定され、更にはあらかじめ時刻が決められていた。定期列車に準ずる「ひので」・「きぼう」などといった「修学旅行集約輸送臨時列車」の設定も見られた。詳しくは修学旅行列車を参照。 甲子園輸送列車選抜高等学校野球大会(センバツ、春の甲子園)または全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)で、阪神甲子園球場へ向かう観客(多くは出場する高校周辺の駅などで、JR支社主催旅行の形で募集される)の輸送を行うもの。性格上、輸送客量が多くなるので専用列車が仕立てられる事が多い。「甲子園臨」と総称して呼ばれる。設備などの関係から行先は大阪駅がほとんどで、その場合には二次交通として阪神梅田駅から阪神線あるいは貸切バスで甲子園球場へ向かうことになる。ただ甲子園口駅(同駅から球場まではバスで10分、約2km程度)へ向かうものも少ないながら存在し、列車の折り返しに使用できるホームも同駅には存在する。 初詣客輸送列車各地の団体初詣客を、神社・仏閣などの最寄駅まで輸送するもの。このうち高尾山薬王院有喜寺への初詣客を高尾駅に輸送するものを「高尾臨」、成田山新勝寺への初詣客を成田駅に輸送するものを「成田臨」、鎌倉の鶴岡八幡宮などへの初詣客を鎌倉駅へ輸送するものを「鎌倉臨」と呼ぶ。専用列車の設定が多く、その使用車両にバラエティーがあるのが特色。やはりJR支社主催旅行の形で募集される。 なお、「成田臨」については、過去には京成電鉄でも不定期急行および特急として存在しており、現在でも東武鉄道が自社子会社である旅行代理店東武トラベルのツアーの形で、東武本線沿線から京成本線京成関屋駅に連絡する東武伊勢崎線牛田駅発着で運行されている。また、この列車に連絡する形で京成本線でも団体専用列車が運行される。 宗教団体関連天理教輸送列車日本全国からの天理教信者の、大祭時における輸送を行うもの。輸送客量が多く、普段優等列車の設定されていない桜井線の天理駅へ向かうため、専用列車が設定される事が多い。編成として客車や気動車が多い。これは天理駅の留置線が非電化である為。通称「天理臨」。また、近鉄天理線にも同じように臨時列車(特急列車および急行列車)・団体専用列車が設定される。また、信者向けの団体専用切符が近畿一円の 各教区及び、天理教本部で販売していている。近鉄主要駅と天理駅間の普通運賃の約25%引きで販売されるので、当日の一般列車がすべてがみなし団体専用列車扱い 状態になる。 金光教輸送列車日本全国からの金光教信者の、山陽本線金光駅までの祭典時における輸送を行うもの。天理臨同様輸送客量が多いので、専用列車が設定される事が多い。通称「金光臨」。 創価学会輸送列車(廃止)・法華講輸送列車日本全国からの創価学会員が、当時関係のあった日蓮正宗の総本山である大石寺参詣のために、身延線の富士宮駅まで運行されていたもの。専用列車の設定も多い上に、最盛期は定期列車の間合いに組み込まれた運用も存在した。しかし、1991年に日蓮正宗が創価学会を破門したために廃止になった。通称「創価臨」「創臨」。 なお、創価学会の破門後も日蓮正宗の檀徒の組織である法華講による大石寺参詣のための専用列車が設定されることもあるが、創価学会時代より大幅に減少されている(年に数回程度)。通称「法華臨」。 観光団体専用列車1961年(昭和36年)より国鉄が旅行会社と提携して、あらかじめ定められたモデルコースを専用の優等列車で巡る観光ツアーを募集し始め、同年3月1日からその初の観光団体専用列車となる「南紀観光団体専用列車」が運転を開始した。同年10月1日の「サン・ロク・トオ」と呼ばれるダイヤ改正では、東京・大阪を中心に全国各地に設定区間が拡大され、その中には特徴ある運行区間のものもあった。当時の時刻表に掲載されていたものを下に記す。
1964年(昭和39年)10月、この東海道新幹線が開業した時のダイヤ改正辺りが観光団体専用列車の最盛期で、前記の列車の内「京都観光団体列車」は「関西第2観光団体専用列車」と改称し往復とも「金星」に併結となり、「南紀観光団体専用列車」は下りが東京駅~多気駅間で急行列車「那智」と併結に、上りは白浜口駅始発となって奈良駅~東京駅間で急行列車「大和」と併結に、それぞれ変更となっている。「信濃・日光観光団体専用列車」も「信越・日光観光団体専用列車」と改称された。また、下記の様な列車が新しく設定された。
翌1965年(昭和40年)10月1日のダイヤ改正では、下記のような列車の新設や名称の変更、運転区間の変更などが見られた。更にこの時「~観光団体専用列車」の表記も、時刻表上では多くが「~観光団体列車」に改められている。
しかしながら、次第に団体旅行でも新幹線使用が一般的となったことから、これらの観光団体専用列車は廃止されるか一般の列車に転換されるかのいずれの道を歩んでいく事になった。まず1967年(昭和42年)10月1日のダイヤ改正で、下記のような列車の廃止・一般列車への転換などといった動きがあった。
そして、1968年(昭和43年)10月1日に「ヨン・サン・トオ」と年月をとって呼ばれるほどの大規模なダイヤ改正が行われ、その際再び下記のような整理がなされ、「観光団体列車」と称する列車は消滅した。
集団就職列車戦後の高度成長時代に、東北など地方の中学・高校新卒者の集団が、東京など都市部の工場などに就職するために運行された専用臨時列車。1950年(昭和25年)から1975年(昭和50年)3月24日まで運行された。東北地方からは東京(上野駅)、九州・四国地方からは大阪・名古屋へ向かう列車が多かったと言われる。 集団就職も参照。 関連項目 |
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