パンチカード

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オルガン用のパンチカード
オルガン用のパンチカード

パンチカードとは、厚手のに穴を開けることで、その位置や有無から情報を記録するメディア。また、アナログの情報管理のための「カード・システム」で使用される、多角検索のためのツールなどもパンチカードの名で呼ばれる。

コンピュータや、自動織機などで多く利用されたが、記録メディアとしての役割は、現在ではより便利な代替品が出ていることから、ほとんどなくなっている。

だがパンチカードそのものは駆逐され消えつつあるものではなく、現代でも現役のツールである。使用例の一つは選挙の投票用紙代わりであり、あるいはより身近な、趣味的なところではオルガニートで触れることができる。

目次

歴史

織機などで多く利用されたのは、コンピュータをそれに応用しようという考えからではなく、むしろこちらのほうが元祖であったゆえである。

パンチカードを発明したのはフランスのジャカールであるとされ、これは自動織機の制御のために使用され、世紀を超えて使用され続けた。チャールズ・バベッジはこのジャカールの機械(ジャカード織機)をヒントにして、パンチカードをプログラムに使う計算機(解析機関)を構想した。だが彼が構想した計算機は、その存命中には実現しなかった。

ジャカールの自動織機に触発されたのはバベッジだけではなかった。パンチカードを使って「革命」を起こした人物がアメリカにいた。当時、大規模な移民の受け入れにより急激に人口が膨張しつつあったアメリカでは、1880年の国勢調査が1889年になっても集計が完了しないという問題を抱えていた(これには、単純な人口の増加だけではなく、集計する項目が増えたために当初の手作業システムが破綻したのだと言われる)。計算している間に人口が大きく変動してしまうこの状況を解決したのがハーマン・ホレリスが発明したパンチカードによる集計機タビュレーティングマシンで、これによって集計のスピードは10倍になったという。ホレリスはまた文字コードも考案し、これはホレリスコードと呼ばれている。

当時は手書きで記録を取り、それを事務所に持ち帰ってパンチカードに転記するという手間を踏んでおり、かつホレリスの集計機自体も1回1回人間が処理の仕方を設定する必要があるなどの欠点があったが、その圧倒的な処理能力は「驚異のテクノロジー」と賞賛され、政府機関だけではなく様々な分野で使用されていくことになる。多数の顧客情報を処理しなければならない保険会社などでも使われた。後に電気式加算機の計算機構を組み込んでかなりの計算ができる機械が登場し、会計処理だけでなく科学技術計算にも使われるようになった。このようなプログラム内蔵式でないコンピュータともいうべき機器は電子式コンピュータが登場した後もしばらく使われ続けた。

ホレリスは1枚のカードに80項目、1項目につき12種類の選択肢の情報が記録できるような仕様を策定した。このカードはサイズを身近な1ドル紙幣と同一にし、普及のために低額で販売したため、事実上の標準となった。特に「1行 80項目(桁)」は、FORTRANを筆頭としてその後長く受け継がれていくことになる(後述)。そして1896年、この事業のためにホレリスが興した「タビュレーティング・マシーンズ社」は、幾度かの統合を経て巨大企業IBMの母体となっていく。

投開票への使用

また、有権者識字率が高くない場合や、同一の言語を使っているとは限らない国や地域、あるいは膨大な数の有権者がいる場合に有用ではないかということで、投開票に使用されることもある。アメリカの大統領選挙では1969年(一部地域では1964年)から使用された。これは有権者がパンチカードに孔を穿つ方式だが、穿孔装置を押す力が弱い場合などに「穿孔くず」が残るなどして、誤った読み取りや、それに基づく問題を生んだ。2000年のアメリカ大統領選挙では再集計の度に集計結果が異なり、以前からあったこのシステムへの疑義が改めて提示されることとなった。

(この場合の)パンチカードは不完全なデジタル情報を記録するものであり、「孔が空いている」「空いていない」を人間が判断する必要が生じたことなどが、その原因の一つとして挙げられている。また、穿孔くずによって機械が止まり、それによって無効票が多数出るなどの問題も発生した。

コンピュータ

未使用のパンチカード
未使用のパンチカード

初期のコンピュータは、パンチカードをその記録メディアとして使用した。比較的初期から磁気テープによる代替が始まっていたが、より扱いが容易なパンチカードは即座に駆逐されたわけではなかった。

IBM初の商用コンピュータIBM 701や、大ヒットとなったSystem/360のデータ入力の基本はパンチカードである。

この時代のプログラマは、パンチカードに穿たれた孔を見て、そのプログラムを理解することができたという。またパンチカードにプログラムを記述するに際しては、一つ一つ順々に穿孔していくのではなく、効率化の為に鉛筆などを用いて書き込んでおき、あとでまとめて孔を穿つ、あるいは大規模開発の場合はプログラマがプログラムシート(紙)に鉛筆などで記入後に、専用のパンチャーが1行ごとにカード1枚に孔を穿つ、などの手順が取られることも多かった。

パンチカードの利点は、行単位の編集が容易であるということがある。プログラムの1行がパンチカードの1枚になるため、プログラムを修正したい場合は、修正する行に相当するカードを差し替えるだけでよい。また、ブロック単位に移動することも、カードを入れ替えるだけで済む。紙テープの場合には、編集を行なうときに、切り貼りを行なわなければならないことを考えると非常に効率的である。

難点としては、パンチカードの束(ガードデック)を落としてしまうと並べ直すのが大変で、打ち直した方が速いとか、並べ直し易いように事前にカードデック上部に斜線を引く、などの工夫もされた。

その後、前述したように他の記憶装置の普及によって次第に使用局面は減少し、現在はあまり使われていない。

影響

ホレリス(IBM)の「1行 80桁」パンチカードが、コンピュータに与えた影響には以下がある。

  • メインフレームなどの大半の設定ファイルやJCLなどは、今も1行 80桁が基本である
  • FORTRANなどの言語は、今も1行 80桁が基本である
  • 32705250など、メインフレーム用の表示装置やエミュレータは、今も1行 80桁が基本である
  • IBM PC以後のパーソナルコンピュータの表示解像度(ピクセル)も、1行 80桁が基本である
    • MDAはキャラクタ表示で1行 80桁
    • グラフィックモードでも、CGAMCGAEGAVGAなど(更にはPC-9801FM-Rなど、同時代のMS-DOS搭載PCの大半)は、全て1行のビット(ピクセル)数が80の倍数である(XGAは 1024x768 だが、元となった8514/A は正確には 1040x768 で、やはり 80の倍数であった)
  • 以上の影響で、WindowsなどOSの導入画面、重大エラー画面(ブルースクリーン)などは、1行 80桁が基本である


関連項目

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外部リンク

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