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シンセサイザー(Synthesizer)とは、一般的には主に電子的手法により楽音等を合成(synthesize:シンセサイズ)する楽器「ミュージック・シンセサイザー」の総称。
歴史シンセサイザーのルーツとされる最も初期の電子楽器は、1920年にロシア(ソ連)のレオン・テルミンが開発したテルミンと言われている。さらに1928年にはフランスのモーリス・マルトノが製作したオンド・マルトノという鍵盤楽器が発表された。この2者は一般的に「シンセサイザーの先祖」という概念で語られる事が多い[1]。1957年(1955年という説もある[1])、アメリカのコロンビア大学で、ハリー・オルソンとハーバード・ベラーによる「ザ・RCA・マークII・エレクトロニック・サウンド・シンセサイザー (RCA Mark II Sound Synthesizer) 」という機器が開発された。歴史上、「シンセサイザー」という単語が用いられた初めての音響合成機器とされているが、同機は音(楽器音)の分析と研究を目的とした機器として開発されたものであり、楽器の確立という目的は持っていなかった[1]。 1965年、アメリカ・コーネル大学のロバート・モーグ博士は、テルミンのトランジスター化とRCA・マークIIの改良に関する研究を通じて、楽器としての使用に足るシンセサイザーの開発を行い「アナログシンセサイザー」の仕様を確立した[1]。同博士による「モーグ・シンセサイザー」は、CM関係者のアルウィン・ニコラやレコード・エンジニアのワルター・カーロスに納入されている。 ワルター・カーロスによる「スウィッチト・オン・バッハ (Switched-On Bach) 」は、アメリカ・コロムビア・レコードより1968年にリリースされ、全世界で累計100万枚を売り上げるヒット・アルバムとなった。さらにエマーソン・レイク・アンド・パーマーのキース・エマーソンを初め、1970年代には多くのロック系ミュージシャンに使用され、さらに冨田勲の「月の光」「惑星」などの作品が世界的なヒットをすることによって、一般的にも認知される楽器となった。 1970年代前半には、モーグに続いて「アープ」や「ブックラ (Buchla)」、「EMS」、「イー・ミュー (E-mu Systems)」といったメーカーが参入、日本では1973年にローランドが一号機であるSH-1000を、コルグが一号機であるミニコルグ700シンセサイザーを、翌1974年にはヤマハが一号機であるSY-1を発表した[2]。この時期はモノフォニックシンセサイザーが主体だったが、1970年代後半には、ヤマハやオーバーハイムがポリフォニックシンセサイザーで参入、さらにシーケンシャル・サーキットがProphet-5を発表し、制御部分にデジタル技術が導入され始めた。 1980年代にはフェアライトCMIやイミュレーター (E-mu Emulator) といった、音源自体にデジタル/サンプリング機能を用いる機種が出始め、さらにヤマハからはFM音源方式のDXシリーズがリリースされるなど、多様な音源方式が登場する様になる。 現在では実際の楽器の音色をサンプリングしたPCM音源が一般的となり、昔ながらの音を合成する楽器というニュアンスは薄れてきている。 音源方式の種別減算方式・乗算方式・加算方式・符号化方式、またはそれらの複合型など多数の方式が存在している。アナログシンセサイザーの時代は減算方式が主流だったが、その後、ディジタル技術の発展により、サンプリングしたデータを元に音を構築する符号化方式が主流となった。
演奏方式の種別当初はキーボード (楽器)の一種として分類されていたが、その後、ギター型や笛型、打楽器型のコントローラーを備えたシンセサイザーが登場した。さらに演奏用のインターフェイスを外部に依存するシンセサイザーモジュールと呼ばれる機材も登場している。
おもな機種、型番日本国内のメーカー
海外のメーカー
主なアーティストここではシンセサイザーそのものに関する任意の業績があると評される者のみを、その業績も含めて列記している。 邦楽
洋楽
その他
関連項目
脚注外部リンク
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