アメリカ領サモア

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世界 > オセアニア > ポリネシア > サモア

Territory of American Samoa
アメリカ領サモアの領旗 アメリカ領サモアの領章
詳細 拡大
自治領の標語 : なし
アメリカ領サモアの位置
公用語 英語サモア語
主都 パゴパゴ
主都の座標 南緯 14度16分
西経 170度42分
知事 トギオラ・トゥラフォノ
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第226位
199km²
0%
人口
 - 総計(2003年
 - 人口密度
世界第203位
70,260
353人/km²
GDP (PPP)
 - 合計(2000年
 - 1人当たり
世界第202位
500百万ドル
8,000ドル
通貨 USドル
時間帯 UTC-11 - サモア標準時
ccTLD .AS
国際電話番号 1-684

アメリカ領サモアAmerican Samoa)は、南太平洋に位置するアメリカ合衆国準州であり、サモア独立国の南東に存在する。南太平洋ポリネシア地方にあるアメリカ合衆国の自治領。アメリカン・サモア、または、東サモアとも呼ばれる。

主要な領土は、トゥトゥイラ島と近隣のアウヌウ島マヌア諸島オフ島オロセガ島タウ島)の火山島、および珊瑚環礁であるローズアトル島から構成され、離れたところにある珊瑚環礁のスウェインズ島も含まれている。

アメリカ領サモアは、サモア島嶼の一部であり、トンガ王国の北、クック諸島の西、トケラウの南500キロメートルに位置する。西に向かうと、フランス領のワリスおよびフツナ諸島がある。2000年の人口調査では、総人口は57921人であり、領土全体では200.22平方キロメートルになっている。

目次

歴史

西洋との接触以前の歴史

紀元前1000年ごろには既にサモア諸島に人が住んでいたことになる。サモアは、18世紀になるまでヨーロッパの探検隊には知られていなかった。

東サモアのヨーロッパ近代化以前の歴史は、西サモア(現サモア独立国)と密接な結びつきがあった。アメリカ領サモア地域の歴史は、ポリネシアの中でも最も古いうちに入る。マヌア諸島の王はトゥイ=マヌア(マヌア大首長)の称号を持ち、一時はフィジートンガクック諸島トケラウ諸島といった太平洋各地の群島を支配するなど、これらの島と政治的・経済的に強く結びついていた。トンガサモアを支配した時代には、マヌアはサモア諸島の中で独立を維持した唯一の地域だった。

トゥトゥイラ島アウヌウ島は、ウポル島(現在のサモア独立国)と政治的に強く結びついていた。アメリカ領サモアおよびサモア独立国を含むサモア諸島全体は現在でも、「ファーアマタイ(faamatai)」という伝統的な統治システムや血縁関係によってかつてと同じく結び付けられている。ファーアマタイの政治システムや「ファーサモア(Fa'asamoa)」と呼ばれる伝統(言語や習慣などサモアの暮らしの総称)は、古代のサモアにいた血縁関係で結ばれた二人の女王、ナファヌア(Nafanua)とサラマシナ(Salamasina)に発祥する。

帝国主義時代

オフ島(マヌア諸島)の海岸
オフ島(マヌア諸島)の海岸

西洋人とこの諸島の人々との最初期の出会いには、フランスの探検家とトゥトゥイラ島の住民の間で発生した18世紀の戦闘が含まれる。この戦いの結果、サモア人は西洋人から残忍な民族であるという悪い評価を与えられるようになった。サモア諸島に対し19世紀初めにラロトンガン伝道団が送られ、1830年代には会衆派教会ロンドン伝道協会のジョン・ウィリアムズにより率いられた宣教師団が公式にサモアにキリスト教を移入した。それから100年弱で、サモア人の会衆派教会は、南太平洋の最初の独立した先住民教会となった。

1889年の3月、ドイツ海軍の軍艦がサモアを襲撃し、アメリカ人の居留地や資産を破壊した。アメリカの3隻の軍艦がサモアに入港し、3隻のドイツ艦に対する戦闘の準備をした。しかし戦闘が始まる前に、アメリカの船もドイツの船も台風で沈んだため、戦力を失った両軍は実効力のある休戦条約を結んだ。

アメリカ領としてのサモア

19世紀後半の対立的な国際関係は太平洋にも及んだが、サモア諸島についてはドイツ帝国アメリカ合衆国1899年ベルリン条約で東西に分割することで決着した。翌年、アメリカは取り分となる東半分の小さな島々 - 有名なパゴパゴ港を含む - を公式に占領した。ドイツが占領した西の大きな島嶼部は、今のサモア独立国にあたる。

アメリカが東サモアを保有した後に、パゴパゴ港にアメリカ海軍太平洋艦隊のための石炭補給基地が建設され、地方長官が任命された。海軍は、1900年にトゥトゥイラ島の譲渡証書を、1904年に、マヌア諸島の譲渡証書を引き受けた。マヌア諸島の最後の統治者であるトゥイ・マヌア・エリサラは、パゴパゴ港のタウというところの太平洋艦隊所属の小型砲艦上において行われた“イプ裁判”として知られるアメリカ海軍の一連の審理に従ってマヌア譲渡証書にサインせざるを得なかった。

第一次世界大戦の後、西サモア(ニュージーランド保護国となっていた)で起こったマウ運動に対応して、アメリカ領サモアでも、レオネ村から来た第一次大戦の復員兵であるサミュエル・サイレレ・リプレイに率いられたアメリカンサモア・マウ運動が起こった。アメリカでの会議の後、彼は故郷のアメリカ領サモアに帰るために乗った船から下船を禁じられ帰国が許可されなかった。アメリカンサモア・マウ運動は、アメリカ海軍によって制圧され、1930年には、アメリカ議会により、ハワイ王国崩壊に参加したアメリカ人に率いられるアメリカンサモア情勢調査のための委員会を送った。

1938年、有名な飛行家のエド・ムシックとそのクルーが、ニュージーランドオークランドへの調査飛行の途上にパゴパゴ港に立ち寄った際、乗機のパンアメリカン航空S-42飛行艇「サモアン・クリッパー」の事故で死んだ。離水後に航空機がトラブルを起こし、ムシックはパゴパゴ港へと引き返そうとしたが、緊急着陸のために乗員が燃料タンクを空にしようとしたとき、燃料ポンプに火花が散り爆発によって飛行機が空中分解したのである。

第二次世界大戦中、サモアの基地におけるアメリカ海軍の兵員数は、地元のサモア人人口より多く、大きな文化的影響をもたらした。14歳以上の若いサモア人男性はアメリカ軍によって訓練され、大戦中に兵士・衛生兵・暗号要員・船舶修理工などさまざまな任務に就いた。

戦後、アメリカ内務省は自治法4500(Organic Act 4500、サモア統治基本法)によってアメリカ領サモアを編入しようと試みているが、トゥイアソソポ・マリオタ(Tuiasosopo Mariota)に率いられたサモア諸島の諸首長の努力によって議会で否決された。彼らの努力は独自の立法府アメリカン・サモア・フォノ」(American Samoa Fono)の創設へと結実した。フォノはアメリカ領サモアの事実上および法律上の首都ファガトゴ村で行われている。

この時、海軍指名の政務官は廃止され、地方選挙による政務官がとってかわった。自治法をアメリカ連邦議会で通過させていないため法律的にはアメリカ領サモアは合衆国未編入の状態であり「非自治的領域」(unorganized territory)であるが、1967年7月1日に発効した憲法による自治政府が成立している。現在、アメリカ領サモアは国際連合非自治地域リストに記載されている。

政治

東サモア(アメリカ領サモア)の地図。西サモア(サモア独立国)の東に連なる。主要な都市であるパゴパゴはトゥトゥイラ島に位置する
東サモア(アメリカ領サモア)の地図。西サモア(サモア独立国)の東に連なる。主要な都市であるパゴパゴはトゥトゥイラ島に位置する

国家元首は、アメリカ合衆国大統領であり、自治領の行政執行権は知事が、立法権は自治領議会が担う。また、これら 二権からは独立して "High court" という裁判所があるが、判事はアメリカ合衆国内務長官が指名する。

現在の知事は、前副知事のトギオラ・トゥラフォノ。トーエス・スニア前知事が2003年3月26日に死去したのに伴い臨時代行となり、4月7日に選挙を経て正式に知事に就任した。

自治領議会は、二院制。下院(住民代表議院)は、全21議席で、20議席は民選議員、1議席は非民選のスウェインズ島代表。任期は2年。上院は、全18議席で、各地域の首長が兼任する。任期は4年。

アメリカ領サモアは、アメリカ合衆国の連邦議会(下院)へ発言権はあるが議決権のない代表者(オブザーバー)を 1 名出席させることが認められている。代表者は、任期 2年で、住民の投票によって選出される。

米領サモアは米国議会により自治法 (Organic Act) が制定されていない "unorganized territory"(非自治的領域)であるため、住民は、米国の国籍を持つ(米国民、"U.S. National" である)が、プエルトリコ北マリアナ諸島グアム米領バージン諸島といった他の米属領住民とは異なり正式には市民権を持たない。しかし現在は他領域の市民権保持者とほぼ同等の権利は与えられている。

地形

パゴパゴの港
パゴパゴの港

5つの火山島と2つのサンゴ礁からなる。首都パゴパゴと法律上の首都ファガトゴのあるトゥトゥイラ島(Tutuila)と隣接するアウヌウ島(Aunu'u)、マヌア諸島を構成するタウ島(Ta'ū)、オフ島およびオロセガ島(Ofu‑Olosega)、マヌア諸島近くにあるサンゴ礁ローズアトル(Rose Atoll)、離れた場所にあるサンゴ礁スウェインズ島(Swains Island)である。

気候は熱帯海洋性の多湿多温な気候である。降水量も多く年間5,000mm以上の雨が降る。

経済

農作物では主にタロイモヤムイモなどのイモ、バナナココナッツコプラである。漁業は盛んでアメリカで消費されるマグロ缶詰の5分の1はパゴパゴにあるアメリカ資本の缶詰工場で生産されている。観光産業も有望である。

交通

トゥトゥイラ島にパゴパゴ国際空港があり、オフ島とタウ島にも空港がある。

住民

民族構成は、ポリネシアサモア人が 89%、同トンガ人が 4%、白色人種が 2%、その他 5%。

公用語はサモア語となっているが、住民は、英語とのバイリンガルである。サモア語は、ハワイ語トンガ語などのポリネシア諸語の1つである。

信仰する宗教は、会衆派教会が5割、ローマ・カトリック教会が2割、プロテスタントその他が3割。

出身人物

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

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